あたし達がふらりと気まぐれに立ち寄ったこの町では、10日に1度の市が開かれていた。キョロキョロとしてるあたし達を捕まえて、聞いてもいないのにここら辺では有名な市だと教えてったおばちゃんの言う通り、かなり人出があって屋台の数も多い。
子供心にもあこがれた、つやつやのリンゴあめっ! お肉さんやお魚さん、お野菜さんをいろいろとりそろえた鉄串焼きっ! 特製のタレにつけこんだ、屋台によってひとつひとつ違う味つきたまごっ!
やっぱり屋台には、ふだん食べられない珍味が多い!!
「さあ〜ってどれから食べよっかな〜♪ ねえガウリイ。…ガウリイ?」
すぐ後ろにいると思っていたガウリイからの返答がないので振り返ってみると、ちょっと離れたところで物欲しげ〜に屋台のひとつをのぞいている。あいつー、さっそく匂いに捕まったわねぇ!
あたしが近寄ってくと、肉巻きまんじゅう屋さんの前にいたガウリイは、嬉しそうに話しかけてきた。
「なあリナ、この肉巻きまんじゅううまそうだぞっ! これ食わないか?」
「おおっ! こりは良さそうね! さすがガウリイ、食べ物に関することは見事だわ♪」
ガウリイは頭なんぞかきながら、エヘヘ、と照れている。あんましホメ言葉になってないと思うんだけど……。
まあいっか。気をとりなおして。
「おっちゃーん! このまんじゅう、そーねえ、50個くらいちょーだい♪」
半分おどろかすつもりで言ったのだが、予想と全然変わんない反応が返ってきた。ねじりはちまきをした短い黒髪の屋台のおっちゃんは、大きく目を見開いてあんぐりと口をあけ、あたしたちを見ている。
こーゆー反応も、盗賊の次にバリエーションがないかもしんない。
しかしこれっくらいの数、あたしとガウリイには慣れっこだ。ガウリイがにこにこしながら言う。
「今日はなんだか、気前よさそうだな、リナ?」
「ふふん♪ 前の町でかなりまとまった依頼料入ったんだもの、この屋台全部制覇しても、おつりがくるくらいよ♪」
「おしっ! そんじゃこれは、全制覇の食い始めってことだな!?」
「そーゆーこと。…おっちゃん、50個でいくら?」
言いながらあたしがおサイフをとり出すと、我に返ったおっちゃんがいぶかしげに聞いてきた。
「金を払うのは、あんたなのかい?」
「そうよ。文句ある?」
こんな可憐な美少女が、それほどの大金持ってるとは思わないのだろうか。しかし、おあいにくさまなことに、あたしの手持ちの財産はマジックアイテムを売り払えばここに出てる屋台全部の数倍をラクに買い占められるほどある。
「いや、文句ってわけじゃないんだが……そうだ、今まんじゅうが10個ほど足りねえんだ。あと5分くらいあればできるから、このにーちゃんここに残して、あんたはちょっと別のとこも見てきたらどうだい?」
そしておっちゃんはニヤリと笑う。
?はて?? なんかすっっごくイヤらしくて、何かたくらんでるみたいだけど、あたしたちに害為そうとするヤツ特有の、あの、ねちっこい敵意みたいなものは感じないなあ…?
問題はない、とあたしは判断した。なに考えてるのかわからないけど、とりあえず危険なものではないだろう。それに他の屋台からも、甘そーな匂いや香ばしいにおいがあたしを誘ってる。時間のある分見回ってくるのに異論はない。
「そーゆーわけだから、ガウリイ。あんたはちゃんと、おまんじゅうできるまで待っててね」
「お、おい、リナ!?」
「だーいじょぶだって。すぐ帰って来るから。じゃ、あとは頼んだわよ♪」
なおも止めるガウリイの声を背に、あたしは他の屋台をのぞき始めた。
少ししてから戻ってみると、すでにガウリイはホカホカ湯気の立ってる肉巻きまんじゅうを、大量に抱えていた。
あたしがおサイフからお金を出すと、おっちゃんは1個おまんじゅうを差し出して、
「いっぱい買ってくれた上に、嬢ちゃんはかわいいからな。こいつはオマケだ」
「やたっ、ラッキー! おっちゃん、カッコいいわよ♪」
「はっはっは、ありがとな。…じゃあにーちゃんも、しっかりな」
なんだろ。この5分の間に、なにか身の上話でもしてたのかな? まさかね。
…そうだ。
あたしはおっちゃんにもらった肉巻きまんじゅうを一口かじって、口の中で転がしてみる。毒が入ってるか調べてるのだ。ガウリイが見てたはずだから滅多なことはできないと思うけど、念のためである。
どうも毒は入ってないらしい。…それどころか、おいしいじゃないこれ! うーん、やっぱしできたては違うわねー。
「あっ、待てよリナ! おまえ、自分だけ先に食うのはずるいぞ!」
「なに言ってるかなー。この世はすべて弱肉強食! 早いもの勝ちって言葉もあるじゃない」
そう言ってもうひとつ肉巻きまんじゅうをとると、対抗するかのように猛然と手を出してくると思ってたガウリイの手が、なぜか出てこない。…れれ?
「…お前さん、ほんっとーに食うの好きなんだな」
「あったりまえよ! 食べるのは人間死ぬまで避けて通れない過程のひとつなんだから! 思いっきり楽しまない方が、それこそソンじゃない?」
呆れたように言うあたしに、何やら考えこむガウリイ。
そのスキに、あたしはガウリイの持ってるあったかい肉巻きまんじゅうを、さらにひとつ持ってった。
夕ごはんも食べたし、あったかお風呂に入った身体も一息ついたし、さてそろそろとあたしが荷物の整理をしていると、ふいに部屋のドアがノックされた。乾いた軽い音が室内に響く。
「どうぞー。あいてるわよー」
「おまえなぁ…。ちゃんと誰か確かめてから言えよな…」
ちょっと困ったような顔でガウリイが入ってきた。いいじゃない、ちゃんと相手がわかってんだから……って、おおおっ!
「ガウリイ、どったの? それ」
あたしはガウリイが片手にのせている、炒めご飯を指して言った。ふっくら卵とやわらかお肉とシャキシャキお野菜を混ぜて、さっくりご飯を炒めたもの…というのはプロの料理人の話で、今ガウリイが持ってるのは見習いが練習に作ったような感じのへたっぴさである。
自慢になるが、あたしの方が数倍うまいっ! …まあ、風味はかなりいいセンいってるから、十分食欲をそそる香りではあるんだけど。
ガウリイはその見習い炒めご飯をあたしに差し出して照れたように、
「調理場借りて、オレが作ってみたんだ。…食ってみないか?」
「ガウリイが!? 料理なんてできたの!? へーめずらしい、明日はヤリが降ってこないといいわねー!」
「…おい…。オレだって、必要にせまられて料理したことぐらいあるって…」
彼をからかいながらも、あたしの手はさっそく炒めご飯にのびている。さきほどへたっぴと言ったが、それはあくまでお店に出す場合の話。「おかーさんのかわりにとりあえずごはんを作ってみたおとーさん」のレベルよりは、ずっとましである。
いつもの勢いで半分ほどたいらげた頃、あたしは頭にうかんだ疑問をガウリイに聞いてみた。
「でもさ。なんだってあたしに、ごちそうしてくれる気になったわけ?」
「んー? だって、オレはリナのヒモだから」
ぶっ!!!
ごはんつぶをひとつも吹き出さなかったのは奇跡に近い。
「ひ…ひひひ、ひっっ……!」
「どうしたリナ? なに気味の悪い笑い方してるんだ?」
「笑ってんぢゃなーーーい!! なんなのよそれ!? なんであんたがあたしのヒ…ヒモって……」
そりゃあ以前、ぜんぜんお金のこと考えないガウリイを冗談でそんな風に称して他人にグチったこともあるけどそれでもっっ!!
まっかっかにそまったあたしの顔をふしぎそうに見ながらガウリイが言うことには。
「だってさっきの肉巻きまんじゅう屋のおじさんが、『ヒモなら彼女に料理ぐらい作ってやんなきゃダメだぞ』って言うからさ。んで、ヒモってなんだって聞いたら、『女に生活のこと全部まかせてる男のことだ』って……違うのか?」
わかってないよ、こいつ。
確かにヒモとは、今ガウリイが言った通りの意味である。だがもうひとつ、魔道士協会等に置いてある「言葉の大辞典」を見ればわかるのだが、その、に…肉体関係のある愛人男性のことを言うのだ。つまりヒモとは、『金持ちの愛人・男版』のことである。ビミョーにニュアンス違うけど。
それにしてもさっきのオヤジッッ! なにかたくらんでるとは思ったけど、こんなこと吹きこんでたなんてええぇぇぇっ!!
と怒りに燃えていたあたしであったが、
「なあ、リナ…。それ、うまいか?」
ガウリイがあんまり無邪気に聞いてくるんで、怒る気が失せてしまった。
深く考えるのはやめよう。ガウリイは好意でこれ作ってくれたんだし。
あたしは小さく笑ってスプーンの動きを再開する。
「うん。あたしにはまだ及ばないけど、もっと練習すればいいお嫁さんになれるよガウリイ♪」
「…オレは男だぞ」
「いーじゃない。最近は男の人だってお嫁さんになれるって、こないだウワサで聞いたわ」
「どっからそーゆう怪しげなウワサを…まあいいけど」
ガウリイはしょうがないといった感じで息をはき、座って炒めご飯たべてるあたしの髪をくしゃりとかきまぜた。
彼がしゃがみこんで、目線を合わせてくる。
「リナにはいっつも、依頼人探しや金の交渉、全部まかせっきりだからな。感謝してるよ。ありがとう、リナ」
あ……。
やだ……なんだかすごく嬉しい。
ホントにガウリイ、ヒモの才能あるかもしんない。
なぜかすごく照れくさくなって、あたしは最後の一口を急いで飲みこんだ。間髪入れずに立ちあがり、かけてあったショルダーガードに手をかける。
「でもっ! あたしはヒモなんて厄介なもの、しょいこむ気はないかんね? ガウリイにはあたしが頭を使う分、しっかり肉体労働してもらうからっ!
とゆーわけで、盗賊たちのアジトへレッツゴー♪」
「なにぃっ! おまえおととい行ったばかりじゃねーか!」
「お金はあるにこしたことないのよ。あ、ガウリイは荷物持ちだからね。あたしのストレス解消、ジャマしちゃダメよ♪」
言って呆れ顔のガウリイにウインクひとつ。
そう。あたし達の関係はこれでいい。
このリナ=インバースと一緒にいる以上、ヒモなんて楽なことさせないんだから!
勢い勇んで部屋を出ていくあたしに、ガウリイのポツリともらした呟きが聞こえた。
不覚にも、それであたしの顔は耳まで完熟トマトになってしまったのだった。
「ま、今はこれでもいいけどな。…そのうち必ずヒモからダンナに昇格させてもらうから覚悟しとけよ」
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